第63回全国小中学校作文コンクール小学校低学年の部 最優秀賞!|富士チャイルドアカデミー

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第63回全国小中学校作文コンクール小学校低学年の部 最優秀賞!

この度、富士チャイルドアカデミー横浜教室にて、長い間、学習に励んでこられた、精華小学校3年生 金子 詠莉翠ちゃんが、県代表として中央審査に進む最優秀賞に選ばれました。
11月6日(水)、読売新聞にて紹介されています。
タイトルは「あこがれ」。父に対する思いをつづった文章です。いつも優しく、ニコニコ笑顔で元気一杯の彼女・・・その姿が映し出された素晴らしい文章に感動しました。
皆さん!どうぞご一読下さい!

「あこがれ」 金子 詠莉翠

「打つのだったら、こなは長野だ。」
父のこの一言で、とつぜん長野へ行くことになった。母が父とくせいの手打ちそばを食べたい、とたのんだのがきっかけ。
父は、北海道のある町で、しゅみで、ししょうさんについて、本かくてきにそば打ちを勉強したことがある。母は、私が生まれる前にたべた父の手打ちそばを、十年たった今もわすれられずにいた。そして今は、むすめの私がいるので、二人力を合わせて作ってくれたら、おいしいだろうなあと、おねだりしたらしい。

そして真夜中のうちに、二人はさっさとペンションの予やくや、たびじたくをすませてしまった。
よく朝、おきぬけに母から、今日長野に行くと言われた時には、一しゅん、ゆめかな?とも思ったが、これはめったにないことなので、私は、今日はサイコー!としあわせに感じた。
用事があって、出発は夕方だった。少しとう着が夜おそくなるが、こうふんしていたので、全くねむくなかった。

夜の九時半、ペンションに着いた。あたたかく出むかえてくださったのは、人のよさそうなご主人だった。この方は、星はかせと言っていいくらいの人らしいよと父から聞いていた。ご主人が、
「先にお風呂をすまされてから、星のお話をしましょうか。おじょうさんが、きょう味おありだそうですから。」とおっしゃったので、私は、もしかしたら、天体望遠鏡で星を見せてもらえるかも知れない、ときたいしながら、いそいでお風呂に入った。
湯船につかっていると、まどから鈴虫やこおろぎなどの、すてきな音楽をかなでているような鳴き声が聞こえてきて、心がやすらいだ。

入よく後、お茶をのみながら、星について語り合った。ご主人が、私に星の写真を見せてくださって、私が、たとえば「あ、これは、馬頭星雲ですか。」などとこたえてゆく、クイズ形式。

ざんねんながら、天体望遠鏡での星のかんさつは、望遠鏡のそうさがむずかしいとのことで、できなかった。代わりに、ご主人が問題として見せてくださった、めずらしい写真は、全部いただけたので、一生の記ねんにしたいほどうれしかった。

その夜、私はベッドに横になり、天まどからたくさんの流れ星をながめていた。となりで母が、星が流れるたびに大よろこびしていたが、その声が少し大きかったので、うるさいよ、と注意していた。
はじめは、そこまでよろこぶ母をまるで子供みたいと思った。だが、だんだん、びょう気にかん系があるのかなと考えはじめた。

母は5月に、「下すい体せんしゅ」というびょう気で手じゅつをした。ある日とつぜんしかいがかすんで、一週間ほどたつと、もうほとんど何も見えなくなってしまった。すぐに手じゅつが出来たからよかったが、本当に、あと2日おそかったら、光を失って居たかも知れなかった。手じゅつが終わった後、のう外科の先生は、こうおっしゃっていた。
「右目の失明は、かくごしてください。左目も、元のように見えるとはきたいしないでください。くい止めたとお考えください。」
しかし、そんなことが、まるでウソのように、流れ星が見えるほど、し力が回ふくしたことを、実感できて、母はうれしかったのだ。
父が、このペンションをえらんだのは、母に、流れ星を見せてあげるためだったのではないかという気がする。
よく朝、母といっしょにさん歩に出た。聞こえてくるのは、きれいで、ひんやりつめたい水が流れる音と、きつつきがいっしょうけんめい木にあなをあけている音だけ。二人で高原のさわやかな空気を、むねいっぱいにすいこんだ。

それから一週間たった、8月11日、私は父と手打そばを作った。いつもはやさしい父だが、作っている時はとてもきびしく、私ははじめてのちょうせんなのに、めんの太さが少しでもちがうと、ダメだと注意された。

出来あがった手打そばは、家ぞく4人がまんぷくになるほどりょうが多かったが、祖母も、母も、おいしいとほめてくれた。母は、めんを一本一本味わうように食べていた。

はじめての私に、それほどおいしくそばを作らせてくれた父は、すごいと思った。
そう、父は、何でもできる。たとえば、太い指できように、わりばしのはしぶくろをおって、鳥のはしおきにしたり、水が入っているペットボトルに、ドライアイスののこりを入れ、ボトルの外がわからおして、二さんかたんその「わ」を出したりして、何でも、身近なもので、私を楽しませてくれる。

それに、どんなむずかしい、答えにくいしつ問をしても、私でも、わかりやすいせい明をしてくれる。

でも、今回、気づいたことがある。父は、発想力や知しきがあるだけでなく、人のよろこぶことを、その人が気付く前に気付き、してあげるということが出来る。それは、人の心のふかい所が読みとれるということだ。

だから、父のそばにいると、安心するのかもしれない。そういえば、母がよく、
「お父さんは、ただそばにいてくれるだけで安心できるそんざいよ。」
と言っていた。それで、「失明もかくご」と言われても、父がいるから、おちついていたのかもしれない。
私は、そんな父に、あこがれている。

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